今こそジャケットを着てみないか

『ジャケットはそんなに着ないんだよね』

同世代の方なら共感してもらえると思うのだが、僕が大学生だった頃はみなテーラードジャケットを着ていた。春夏は中に深いVネックのTシャツか丸首のフォトTシャツを合わせ、寒くなってくるとインナーをパーカーに変えて、誰も彼もがテーラードジャケットを羽織っていた。流行りに乗らないエッジの効いた界隈に属する人種はそうでなかったかもしれないが、少なくとも僕のような『一般的な大学生』は、兎にも角にもテーラードジャケットといった時代だった。例に漏れず僕もテーラードジャケットを着て学生時代を過ごしていたが、この時に一生分のテーラードジャケットを着てしまった反動で、ジャケットというアイテムに飽きてしまった。

社会人になりアパレル業界で働くようになってからは、どちらかと言うと奇天烈な服を売ることが多かった。メンズテーラーリングの世界からは遠ざかったこともあって、ジャケットを着なくて良い環境で働けることに内心ほっとしていたが、あるタイミングでトラッドな服装をしなければならない時期があった。何が辛かったかに関してはこちらの記事で書いているのでもし良ければ読んで欲しいのだが、ほわほわとした同調圧力で意味不明な格好を強いられたこの経験を僕は生涯忘れないと思うし、自分がドレスコードの提案を他者にするのであれば、人間らしく教養と言語で伝えることを忘れないようにしたいとひたすらに考えていた。この反面教師的経験のおかげで僕のジャケットとの距離はまた少し遠くなってしまった。

 

 

 

 

『最近ジャケットはそんなに着ないんだよね』最近売り場で本当によく聞く言葉だ。僕個人だけでなく世の中的にもジャケットへの風当たりは強い。リモートワークやオフィスカジュアルが推奨された現代において、ジャケットを羽織ることの戦術的価値は恐ろしく低くなっている。2010年代半ばから続いているビッグシルエットの流行から、誰もが身体のシルエットを拾わないゆったりとしたシルエットに慣れきってしまっている。服が好きな人やモード嗜好が強い人が来店するようなうちのようなお店でもそれは同様だ。

だがようやくこの流れも終わりそうだ。コレクションでビッグシルエットを未だに提案しているブランドはもはや数えるほどしか存在しないし、特にパンツはこの一年で確実に細くなっている。そしてその煽りを受けてトップスまですっきりとしたバランスに変化してきた。シルエットのバランスが変われば当たり前だがスタイルの潮流も変化する。以前よりもより綺麗に、そしてきっちりと服を着ることが当たり前の時代がやってくる。ついにトラッドの波が押し寄せてきた。

 

 

 

 

ビッグシルエットがトレンドだったからこそカジュアルウェアがこれだけ台頭したし、シルエットのバランスがコンパクトに寄っていくのであれば、必然的にテイストの中心も変化していく。25SSの各ブランドの提案を見ても、シャツやテーラーリングを軸にした構成が昨年以上に目立つことに気づくはずだ。だからこそこのタイミングで、いつもよりも少しきっちりとしたバランスの服を手持ちに加えてみても良いかもしれない。例えばジャケットとかね。

冒頭から述べているように、僕はジャケットをあまり着用しない。コレクション会場でスナップされる海外のジェントルマンのスーチングスタイルは確かに格好良いとは感じるが、結局はそれだけだし、実際に自分が着たいとは思わない。理由は単純で、実際に僕が同じ格好をして生活しているイメージが湧かないからだ。当たり前のことではあるが、同じような体型の人が同じ服を同じサイジングで着ても着こなしには違いが出る。その違いは文化的背景や環境、属している界隈によって出てくるもので、別の言い方をするならば経験値の差からくるものだとも言える。僕はスーツを着て生活する環境に身を置いていないし、だからこそスーチングスタイルの紳士を見て素敵だと思えども、そこから憧れや羨望の感情が生まれることは無い。

僕は着用して生活している自分の姿がイメージ出来ない服は買わないし、自分の日々の暮らしの中で活躍してくれる服が一番尊いものだと考えているからだ。この考えはAlgernonで提案する服でもとても大切にしていることだ。

 

 

 

 

前段で極端な例を出してしまったが、それと並行してきちんとした服の重要性が日に日に増してきていることを付け加えておきたい。歳を取るにつれてTPOを気にしなければならない場に赴く機会が多くなった。そうした場に行くことが前々から決まっていれば何の問題もないのだが、当日突然誘われたりするケースもあり、その場合だとカジュアルすぎる格好をしているとリカバリーがかなり難しい。『カジュアルな服装でお越し下さい』『ドレスコードはございません』といった類の言葉を僕は信用しないし、そんな言葉を真に受けて実際にカジュアルウェアで参上する輩は数える程しかいない。

僕は自分の為に服を着ることは大事だと思っているが、それと同じくらい服で相手への敬意を表現することも大切だと考えている。悪目立ちをする格好で場の空気を壊すなんて愚の骨頂だ。最低限度の礼節を弁えた上での『カジュアルな服装でお越し下さい』なのであって、決して部屋着同然の格好で赴いて良いわけではない。

突然の会食やミーティングの経験は、おそらく同世代の人であれば経験がある人も多いと思う。それ以外の例を挙げるとするならば、例えば偶然道で知り合いと出会すことがあった際に『もう少しちゃんとした格好をしておけば良かった』と後悔したことがある人もいるはずだ。望む望まないに関わらず社会人として生きているからには、相手を不快にさせないきちんとした身なりを求められるシーンは必ずある。

でもいちいちそんなことを考えて毎日生活していたら疲れてしまうし、他に考えないといけないことも時間を割かないといけないタスクも無数にある。だからこそ取り敢えず着ておけばきちんと感が演出できる服が欲しい人には、まずはジャケットを着てみることを提案したい。

 

 

 

 

Algernonから黒ウールで作ったオーバーサイズジャケットBenjaminがリリースされた。このジャケットは前回のブログで書いたAllukaと同生地で作っており、単品は元よりセットアップでの着用が可能だ。Benjaminについてはこの記事で詳細を書き記しているが、ブランドで唯一『オーバーサイズジャケット』を謳っている一着となる。

オーバーサイズと銘打ってはいるものの、極端なビッグシルエットでないのは写真からでもわかってもらえると思う。過度なバランスや突飛なデザインの服はトレンドの時は着ていて楽しいかもしれないが、トレンドが過ぎ去った後は一気に古くさく見えてしまう。Algernonで提案したいのはその類の服ではなく、もっと長い時間を共に出来るようなクローゼットに残り続ける服だ。ただしベーシックウェアを提案したいわけでもない。プロダクトとしての強度とファッションとして楽しめる匙加減は毎度のことながらデザイナーが頑張ってくれた。縦のラインを強調しつつも肩をしっかりと落としたシルエットが面白く、このシルエットだからこそ黒ウールのドレープ感がより一層引き立つ仕様となっている。

『きちんとした格好を求められる機会が増えたが、堅苦しい服に毎日袖を通すのも現実的ではない』そんな価値観の人間は僕以外にもいるはずだ。その悩みに関しての最適解がこのジャケットだし、もっと言ってしまえば写真で着用している共生地のAllukaとセットアップで着てしまえば、おそらく悩みの殆どは解消されると思う。理由に関しては後述していく。

 

 

 

 

 

ご存知の方もいると思うが、この写真でも穿いているAllukaというパンツはAlgernonの核となるパンツで、僕自身が一番大切にしている『楽して着れて、でもきちんと見える服』を体現してくれる一本にデザイナーが仕上げてくれた。このパンツに関しても過去の記事でとくとくと語っているので、もしご存知ない場合は読んでもらえると幸いだ。Allukaに関して一言で説明すると、『パターンはスラックスで、でもウエストは紐仕様のパジャマパンツ』だ。この記事に載せている写真を見ても、まさか当人がパジャマパンツを穿いているだなんて予想出来ないと思う。そして僕もAllukaを愛用しているからこそ言えるのだが、ウエストが紐なだけで本当に楽して穿けてしまう。外出時は元より、自宅でリラックスしたい時もAllukaを穿いている。何かと敵が多い外の世界ではキッチリとしたスラックス面で、帰宅して寛ぎたい時はパジャマパンツに様変わりしてくれる。八面六臂の活躍にも程がある。

パジャマの楽さを兼ね備えつつもパターンはスラックスなので、穿くだけで脚が長く綺麗に見える。シルエットの綺麗なパンツを穿いておけばきちんと感を相手に演出出来るので、楽したい日も、ちゃんとしたい日も、取り敢えずこのパンツを穿いておけば凡そのTPOは乗り切れる筈だ。そしてシルエットが綺麗なこのパンツは超高密度のウールで作られているので表面の光沢感が助品で、服に詳しくない人が見ても『何だか良いパンツを穿いてますね』と思ってもらえる筈だ。このウールはウォッシャブル生地なので、家庭用洗濯機でケアが出来ることも付け加えておきたい。僕はどんなに良い服であったとしても、自宅でケアが出来ない服は着なくなってしまう。生活をしていて服が汚れることはそれほどないかもしれないが、万が一の時に自分でケアが可能なことは大きなアドバンテージになる筈だ。結局は毎日着れる服が一番長くクローゼットに残るし、気兼ねなく着れる服だからこそ毎日着るものだと思っている。

 

 

 

 

楽に穿けてきちんと感が出せるスラックスのAllukaが好評だったからこそ、次の一手として開発したのがBenjaminだ。当初からAllukaとのセットアップで着用した際のバランスを考えて作っているので、一緒に着た時の収まりがとても良い。程よくゆとりのあるAllukaのシルエットに縦のラインが強調されたBenjaminを合わせることで、セットアップ特有のかっちり感と、オーバーサイズならではのリラックスした雰囲気の両方を味わうことが出来る。

Allukaの出自がパジャマパンツであるのと同様に、Benjaminも肩肘を張って着るジャケットを想定して作ってはいない。『いつものTシャツの上からガバッとこのジャケットを羽織っておけば取り敢えずはサマになる』くらいの感覚で着てほしいし、それくらい匙加減で着た時が、このジャケットの真価を一番味わえる筈だ。

どんなに楽して着ていたとしても、綺麗なパターンと上質なウールがだらしなく見せることを決して許してくれない。ジェントルマンのスーチングスタイルとは全く別物かもしれないが、だからこそこうした塩梅のスーツも、今の時代には確実に必要なんだと思う。少なくとも僕にはこちらの方が生活の中での着用をイメージしやすい。毎日気兼ねなく着れるし、TPOの問題もクリア出来る。何より着ていて本当に気持ちが良い。

 

 

 

 

最後になるが、冒頭の言葉の続きを書き記してこの記事の結びとしたい。

 

『ジャケットはそんなに着ないんだよね』
『でもこの感じのジャケットなら着ても良いかも』

 

お陰様でジャケットの着用者が日に日に増えているのを感じている。この良さを語りたくて5,000字を使ってあれこれと述べてきたが、結局は現物を見るのが一番の衝撃になる筈だ。最近は着た人が漏れなく恍惚とした表情をしてくれるのを、横でニヤニヤしながら見る日々を僕は過ごしている。ジャケット嫌いの僕がジャケットを提案することは本当に少ないので、在庫があるうちにその真髄を見にきて欲しいと切に願っている。