『生活とは』
年末から年始にかけて身の回りで細々としたハプニングが続いた。戦争が世界各地で勃発している今の世の中からすれば、僕個人に起きた厄災なんて取るに足らない事だとは重々承知しているが、それでも当日は結構なパニックに陥ったし、トラブルの山場を越えた後も二、三日は悶々鬱屈とした気持ちになった。
当たり前のことなのだが、僕が年を取るのと同じように物も年を取る。良く言えばエイジングだが、悪い面で見ればそれは耐久度の劣化に他ならない。購入当初のプロダクトとしての堅牢性は日に日に損なわれていくし、製品としての安全性が担保された状態では、いつまでも使い続けられると考えてはならないことを再認識した二ヶ月間だった。
長年苦楽を共にしていた物を新調したり、自分にとってそれが改めてなくてはならない物だと理解したり、今までは購入してこなかった類の物を最近は意識的に迎え入れるようもなった。僕個人の身の回りに起きた極々小さな変化ではあるが、それでも自分の生活が今も変わり続けていることには結構驚いている。この歳になったら流石に価値観は定まって然るべきだと10年前は思っていたが、結局はこんな塩梅の大人に仕上がってしまったし、もっと言ってしまえば10年前よりも今の方が、自分の中の価値観は多様になっているとすら思えるくらいだ。幸か不幸かはさておいて。今回は年末年始にかけて変わった、生活に関わる物ついて書いていきたいと思う。

Wichard Sailor Carabiner + Bow Shackle
年始に街を歩いている時に鍵を紛失していることに気がついた。僕は鍵をクロシェットに付けて首から下げて持ち歩いているのだが、首に掛けて出掛けた筈のクロシェットが無い。自宅の戸締りをした際に鍵を使った記憶はあるので、出発時には確かに存在したことは覚えている。詳細は長くなるので省略するが、クロシェットは無事に見つけることが出来た。本当に良かった。本当に良かったのだが、クロシェットが首からぶら下がっていないという事実を知った際は本当に血の気が引いた。原因はクロシェットの革ストラップが切れてしまったことで、長年の使用によって知らず知らずのうちに革が劣化していたようだ。
今回は偶々運良く鍵が見つかったから良かったものの、もうこんな思いは二度としたくないと心から思った。その日のうちに僕はクロシェットとの決別を決め、出来うる限り劣化の少ないキーケース探しを始めた。結果として迎え入れたのがWichardのカラビナとシャックルになる。どちらもサイズはSサイズを選んだ。
Wichardはフランスのマリンメーカーブランドで、このカラビナも元々はプロのヨットマンの命を守るために作られたものだ。海水に触れるような過酷な環境下での使用も想定されているため、一般的なステンレススチールに比べて遥かに耐食性に優れた「SUS316L」グレードのステンレススチールを採用しているのが特徴となる。クロシェットを紛失して涙目になっていた僕にとっては、この耐久度の高さには非常に惹かれるものがあった。


ホームセンターでもカラビナやシャックルは取り扱いがあることは分かっているし、値段もWichardより安く購入出来ることも知ってはいる。僕自身も以前に一度ホームセンターで購入したカラビナとシャックル(セットで1,500円程)を使ってみたことがあったが、三ヶ月ほどでカラビナのバネが弱くなってしまい使うのをやめた。ホームセンターに置いているカラビナやシャックル全てが粗悪品だというつもりは勿論無いが、過去にこうした経験をしてしまうと改めて買おうという気には当然ならない。
Wichardのカラビナを購入したきっかけの一つが前述した耐久性の高さだが、僕の周りにもWichardを実際に使っている人は複数人おり、そして大体の人が当たり前のように10年から20年ほど使用している。エイジングの仕方もとても魅力的で、大切に使われてきた物としてのエイジングではなく、あくまでも物として日々使用され続けてきた上での風合いに育っていたのがとても印象に残っている。車に乗る人の鍵束に掛かっているのを見た時もあるし、自転車乗りのベルトループに引っかかっているのを目にした時もある。各々の生活の中に馴染んでいる様に僕は惹かれ、そして購入に至った。使っている人たちから『死ぬまで使えるよ』と言われたのが嬉しかった。
実際に使ってみると、磨きがかけられたカラビナはツルツルとした質感が愛おしく、川辺や砂浜で見つけた石の肌触りを思い出す。手に乗せた時のずっしりとした質感も良い。これをずっと感じながら使い続けられることはとても幸せなことだと素直に思う。
Wichardのカラビナはファッションの文脈で稀に取り沙汰されることがあるが、同じフランスブランドのマルジェラがコレクションでWichardのスナップシャックルを使ったことがある。気になる人は調べてみてほしい。

GUIDI 988 Horse Full Grain Back zip Boot
年末に愛用しているGuidiのブーツが壊れた。年末に掛けてバタバタしていたタイミングで、その日もへとへとになって帰宅してブーツを脱ごうとしたところ、持ち手が両足ともに紛失していることに気が付き血の気が引いた。ご存じの方も多いと思うが、Guidiのブーツに使われているジップはYKKのエクセラジップで、さらに特注で引き手の金属部分の四隅にブランドのロゴが入る。僕はこのロゴが好きで、過去に何度かジップ交換の修理をする際も引き手部分だけはオリジナルの物を流用してもらっていた。その結果がこれだ。金属疲労で何処かに消えた引き手。そして引き手が無いだけでなくジップも噛んでおり、どう頑張っても開閉不可能で靴を脱ぐことが出来ない。何よりその時の僕はとても疲れていた。とてもとても疲れていた。冬の玄関は寒く、お腹も空いていて、1秒でも早く温かい湯船に浸かって身体を温めたかった。大切なブーツなので30分ほどどうにかしようと格闘したが結局は諦め、半泣きになりながらジップ部分に鋏を入れてようやく脱ぐことが叶った。解放された喜びもあったが、無惨なブーツの姿を見た時には思わず絶叫しそうになった。


今回も靴のリペアをお願いしているFYSKYに依頼したところ、いつもの如くとても綺麗に修理してもらえて感動している。あの無惨な姿のブーツを見ているからこそ、綺麗に直ったブーツが帰って来た時の気持ちは言葉では言い表せない。
一生は無理かもしれないが、このGUIDIの靴を僕は出来うる限り長く履き続けたいと本気で思っている。そのためにはどうしてもリペアは必須で、だからこそ信頼できるリペア業者を見つけることが何よりも重要なことだと思っている。僕にとってFYSKYに出会えたことは誇張でもなんでもなく暁光なことだ。僕はサンダルからローファーからブーツまで、リペアはこちらにお任せしている。実直な仕事は修理から帰ってきた靴を見ても伝わってくるし、自分が大切にしている靴をこうして大切に扱って蘇らせてくれることに、いつもとても感謝している。

D&DEPARTMENT 工業用スチールシェルフ
最近は夫婦で読書をする時間が増えてきていて、特に妻の読書量が凄まじい。出会った当初から何となく察してはいたのだが、妻は僕以上に凝り性で、そして一度突き詰め始めると並大抵のことでは止まらない。レコードプレイヤーを購入した際もレコードラックはあっという間に妻のレコードで埋まったし、今回の本棚の購入にしても同じだ。妻の知識欲と収集欲に我が家の小さなカリモクの本棚一つでは耐えきれず、新しく本棚を迎え入れることになった。
僕はあまり物を増やすことが好きではないので本も基本的には電子書籍で購入するが、妻の影響を受けて最近は紙の本を買うことも少しずつ増えてきた。収集癖がある人間二人が同じ空間に住んでいるのだから、必然的にそれを収める箱も必要になってくる。だからこそ以前から欲しかった本棚をこのタイミングで迎え入れることにした。D&DEPARTMENTの工業用スチールシェルフだ。



学生時代は図書室や研究室に入り浸っていたからかもしれないが、僕にとっての本棚のイメージはこの無機質でそっけないメタルシェルフだ。この見た目の本棚を目にしたことがある人は沢山いると思うし、実際それと全く同種の物になる。
僕は幸か不幸かまだ高額な家具の良さを理解していない。プロダクト本体のデザイン性や価値が全面に出た家具を収集していくのも楽しいかもしれないが、今はそれよりも匿名性のある家具を増やしていくことに面白みを感じている。結局は器は中に入れる物によって状態が変化すると僕は考えているし、だからこそ収納する物の邪魔をせずに引き立たせる家具を集めている。ここで言っている収納する物には僕ら夫婦を含めたその空間で暮らす人間も含めていて、つまりは生活を邪魔しないで、かつ生活を豊かにする(引き立たせる)プロダクトであることが寛容だと思っている。



この工業用メタルシェルフも、何も物を入れていない状態だと幾分殺風景に感じたが、実際に本を収めてみると一気に雰囲気が変わった。本も取り出しやすいし並べ方を少し変えるだけでも全体の印象がガラリと変わる。本の配置には妻が拘りがあるようなので、僕は今後もノータッチを貫く所存だ。
本棚を購入して収納スペース問題が解決したと思っていたが、購入してひと月でで最下段と中段の棚のスペースがほぼ埋まっていることに愕然としている。この撮影をした時よりも物量は日に日に増しており、恐らく半年を待たずして棚を追加購入している未来がありありと見える。






カリモク60
お問い合わせをいただくことが多いが、家具は殆どがカリモク60の物で揃えている。生活の中にするりと馴染んでくれるデザインとサイズ感、そして丁度良い使いやすさにを好ましく思っているからだ。僕にとってのカリモク60との出会いもD&DEPARTMENTで、カリモク60と実用的なプロダクトが同列で並べられてディレクションされた空間を初めて見た時の衝撃を今でも覚えている。ロングライフデザインという価値観にも共感出来るので、恐らくは今後もこの系統で家具を揃えていく気がしている。もし良ければ一度九品仏にあるD&DEPARTMENTのお店に行ってみてほしい。僕は今でも偶に訪れては刺激を頂戴している。

ラムダッシュ パームイン- fragment edition
髭剃りが異音を上げ始めたのも年末のことだ。そう言えば最近剃りにくいとは感じていたが、あまり髭が生えない体質で毎日髭剃りをするわけでもないので、そこまで気にせずに使っていた。異音が出てから原因をあれこれと調べてみたが、十中八九で寿命のようだった。一般的に髭剃りの寿命は3〜4年らしいが、僕の使っていたものは確実にそれ以上使用しているし、いつ購入したかも最早思い出せないくらい昔のことだ。それならば致し方ないし、寧ろ今まで本当によく頑張ってくれたと思う。
せっかくなら旅行にも持っていけるコンパクトなサイズ感の物を買おうと思い、以前から気になっていたラムダッシュパームインを購入した。丁度タイミングよくfragmentとのコラボレーションモデルが発売したのでそちらを選んだ。僕は裏原カルチャーやストリート文化を体験していないので、当時のムーブメントの大きさを直接体験したわけではないが、最近藤原ヒロシさんの講義議事録の本を拝読して、彼の感覚が言語化されている媒体に触れて面白さを感じていた。なのでこちらのコラボモデルにしてみた。因みにオリジナルとコラボモデルで性能に差はない。



年末年始は香りものも今まで使ってこなかった香りを意識的に選ぶようにしていた。今にして思えば予期せぬハプニングが続いていて心身がまいっており、何かしら空気を変えたい気持ちがそうさせていたのかもしれない。
香水はドルセーのP.S. いつも僕が付けているよりはかなり軽めのウッディーフローラルの香り。香水はずっとAesopの物を使っていたのでブランドを変えたのは10年ぶりくらい。良い香りだが消費量が凄まじく、もう既に3分の1くらいの量しか残っていないのが難点と言えば難点。以前使っていたギャルソンの香水と同じニコラ・ボーリューが調香師していることを購入後に知った。最初に試した時の既視感にも合点がいく。
お香はA MOMENT TOKYOのオリジナルの香り。東京店のオープンに合わせてお店をイメージして作られた香りらしく、今まで嗅いだことのない類の静謐な香りがする。甘い香りが好きでない僕にとっては非常に落ち着く香りで、どちらかと言うと夜よりも朝に使用することが多い。


Men I Trust 『Break For Lovers』
出来ることなら自分も物も壊れることなく健やかな一年になることを祈っているけれど、歳も歳だしそうも言ってられないことくらい自分自身が一番良く分かっている。だからこそ身体も使う物も生活する空間も、出来るだけ負荷がかからないように居心地が良い状態に整えながら、毎日を生きていたいと考えている。生活って大事だ。恐らく一生のテーマになりそう。
