『Algernon』
Algernonの服は僕自身が長年気に入って着ている服の『ここがこうならもっと良いのに…』と感じる点をブラッシュアップしてもらってリリースしている。デザインしてくれているのはデザイナーの竹田真也。彼自身もSHINYAというブランドを運営していて、SHINYAは来年で丁度ブランドを初めて10年になる。
Algernonは①クローゼットに残り続ける服 ②袖を通す度に初めて着た時の感情を思い出せる服という2点を重視したブランドだ。デザインが気に入って買った服も、着づらかったら袖を通す機会は徐々に減っていく。だからこそ着づらさの理由を追求してブラッシュアップしていくことが何よりも肝要なことだと考えているし、そしてそのブラッシュアップの塩梅がデザイナーはとても上手いように思える。それが個人的なセンスや匙加減から来るものなのか、もしくはインプット量の総量から来るものなのかは定かではないが、少なくとも僕にはしっくりとくる仕上がりで毎回着地させてくれている。

少し話が逸れてしまうが、僕はアテンションエコノミーという価値観が極々控えめに言って嫌いだ。SNS上で強い言葉で衆目のアテンションを集めるのが当たり前になってしまい、分かりやすく短時間で結論を急かすようなコンテンツが乱立する今の状況には少なからず辟易している。『拘りが詰まった一着』や『着ていないと人生損する』や『神服』のような大仰な謳い文句がさも当然のように使われるのにも関わらず、その実その理由は説明されない投稿は見ていて疲れるし、そもそもがたかだか15秒足らずの動画で服の良さが十全に語り尽くせるわけがないとも思っている。僕自身がかなり捻くれた性格なのは理解しているが、少なくとも僕は自分の好きな物事に関してはその理由を15秒では語れないし、好きな物事だからこそあれもこれもと長々と語りたいとも思って生きている。特にそれが丁寧に作られた服なのであれば、だからこそ語る側も丁寧に、そして慎重にその良さを伝えていくのがスジなのではないだろうか。
そんな強い言葉と大きな声ばかりが注目を引く現在にあっても、デザイナーは粛々と自ブランドの服のクオリティを上げることを追求しているように僕には映る。そしてその細かすぎて伝わらない拘りが、凡人の僕に伝わるのは大体一年くらいその服を着た時だ。ある時『着ていてストレスにならない』ということにハッと気が付いた際に、稲妻に打たれたような感覚を覚えさせられる。新品の時にも当然着やすさは感じるが、それだけなら割と当たり前に感じる感覚であって、そうではなく着用を繰り返して自分の生活に馴染んだくらいのタイミングで、不意打ちのようにその着やすさの理由を改めて叩きつけられるタイミングがあることを改めて伝えたい。つまりは余計にタチが悪い。
彼のデザインする服は決して分かりやすい服ではない。デザインもシンプルだしロゴすら無い。極端なシルエットを用いることもしない。極端に偏った類の服は着はじめこそ高揚感を覚えるが、その高揚感が失われていくスピードも同様に早い。わかりやすいデザインは劇薬と同じで、別の言い方をするのであれば、短時間で理解出来る事象は直ぐに飽きるということだ。SHINYAとAlgernonの服はその逆で、デザインはあまりにもシンプルで、人によっては素っ気ないとすら感じるかもしれない。でもその素気ない服が、時として稲妻に打たれたような衝撃を僕に与えてくる。シンプル過ぎるくらいシンプルな服だからこそ、牙を剥かれた時の衝撃はより強い物になり、その衝撃の理由が巷に溢れかえっている『拘りが詰まった一着』みたいな謳い文句の服であれば話は簡単なのだが、素材やら生地やらパターンやらのこだわりが細か過ぎるくらい細かいがために、僕には気づくまでに結局は1年程かかってしまう。竹田真也が作る服はそういう服だ。
この種の体験をさせてくれる服は、探してみると意外と見つからない気がする。トレンドに流された服はそもそも長いシーズン着ることは出来ないし、トレンドが終わったら着なくなってしまうことが殆どだ。かと言って時代に左右されない定型分的なデザインの服を着ても、トレンドとの距離感が遠すぎてしまい、着た際の高揚感を覚えないし、少なくとも僕はワクワクは感じない。トレンドという軽薄とも取れる概念との距離感の塩梅が、ファッションデザイナーそれぞれの力量だと僕は思っていて、その点では現状彼の作る服の距離感が僕はとても気に入っている。


今年一番売れたMA-1がようやく入荷する。このMA-1の拘りは前回の記事で詳細に語っているので、読んでもらえると嬉しい。きっと長い年月を共に出来る一着に仕上がっていると思うので、沢山着て、そして沢山洗って可愛がってあげてほしい。着用と洗濯を繰り返して育った姿を、いつかお店に自慢しに来てもらえたら、僕はとても喜ぶと思う。着用者に馴染んでいる服を見るのも、そして着用者自身が気持ちよさそうに服を着ているのを見るのも、僕は大好きだからだ。
