瀬戸内ブルー

『海の色は青色じゃない』

 

瀬戸内海の景色が好きだ。内海特有の穏やかな波は見ているだけで心が安らぐ。太平洋や日本海の荒々しい海の景色にも惹かれるところがあるが、海を見ていてこんなに穏やかな気持ちになれるのは瀬戸内海だけだと思う。瀬戸内ブルーと形容される緑がかった海の色もとても魅力的で、こんなに見入ってしまう海の色味を僕は他に知らない。

瀬戸内海を軸とした旅行を計画したのはベネッセが運営する美術館が瀬戸内海の島々に点在していたからだ。今年はちょうど芸術祭が開催されているので、ご存じの方も多いと思う。島全体を巨大な美術館として機能させるというコンセプトに興味を惹かれたし、何よりも島特有の景観や時間の流れに魅力を感じたので訪れてみた。

 

犬島へ

ベネッセが運営する瀬戸内海の美術館だと直島にあるものが有名どころだと思うが、他にも魅力的な美術館やアートスポットは沢山ある。僕自身もHPを見つつ計画を立ててみたら、直島以外にも行きたい島が沢山出てきてしまった。それならばどうするか、全部行くに決まっている。出発の時間を繰り上げ、王道のルートとは異なるルートも駆使しつつ、必要以上の所要時間をかけて目的地まで辿り着いた。乗り換え多数。乗り換え時間は極小(もしくは極大)。疲労困憊。でも後悔はしていない。以前にも話したかもしれないが、行きにくい場所は大体面白い場所だし、旅行では疲労と感動は等価交換されるものだから。

まず向かうのは犬島。ここに行きたいがために結構面倒な旅程になったが、この島でどうしても見たい景色があったので気合を入れて臨んだ。犬島は岡山県にある離島で、島なので当然アクセスは船のみになる。香川県側から船で向かうルートが一般的だと思うが、僕は移動時間を短縮したくて岡山県側から船で向かうことにした。岡山の宝伝港から犬島に行くこと自体は然程難しいことではない。東京から新幹線で岡山駅に行き、そこからバスに乗って宝伝港に行くだけでよい。移動時間はそこそこかかるがそれほど面倒ではない。

ネックになるのが宝伝港から犬島への船の本数がそれほど多くないことと、そこから逆算すると新幹線から降りてすぐのバスに乗車しないと計画が頓挫するタイムトライアルであること。バスに乗れなかった瞬間に次の船まではかなり時間を潰す必要が出てくる。そして犬島の美術館は閉館が早い。一つの乗り遅れが致命傷となって旅程を崩すが、それ以外はどうということはないスケジュールだ。なので僕は始発電車で犬島に行くことにした。確か自宅からは5時間ほどで犬島に上陸できたと思う。

 

 

周囲3.6kmの小さな島の中に居住者が43人と、犬島は本当に小さな島だ。徒歩でも半日あれば十分に回れてしまうが、結局僕はあまりにも居心地が良くて旅程を変更して1日使って島を散策した。前述した通りベネッセが島を丸ごと美術館と捉えて管理していることもあり、歩いて回ると想像以上に見どころが多い島であることが分かってくる。

 

 

一番訪れたかったのはこの犬島精錬所美術館で、犬島に残る銅製錬所の遺構を保存・再生した美術館だという。僕は廃墟マニアではないが、この朽ちた巨大な建築物に植物が覆い被さったビジュアルに一目惚れして、自分の目で見てみたくなり訪れた。それくらい印象的な光景だった。美術館内部のコンセプトも面白いが、僕は島と共生している美術館の外観の方に興味を惹かれた。

 

 

海辺に煉瓦造りの廃墟があって、その上でそこを実際に歩けてしまえるなんて、ワクワクが止まらない。遠くに見えるのは本州。宝伝港から船で10分の距離なのではっきり目視できてしまう。

 

 

島内はぶらぶらと歩いているだけでも様々なアートスポットに出くわす。意味を理解しながら見ても良いし、ただ何となく見ているだけでも面白い。これだけ実生活と自然に距離感近く設置されたアートはあまりないし、むしろ馴染みすぎていることに距離感のバグを感じてしまうくらい。

 

 

犬島に行くのであればもう一つ行ってほしい場所がある。犬島くらしの植物園だ。使われていなかった巨大なビニールハウスを再利用して『植物にできること全て』を体験できる場所になる。大掛かりなアトラクションがあるわけではないが、すくすくと巨大に成長する植物を愛でて、縦横無尽に歩き回る鶏と一緒に回遊し、人懐っこい猫のお腹を撫でているだけであっという間に時間が過ぎる。僕の場合はここだけで二時間が溶けた。

 

何でもない景色ひとつからも美意識を感じてしまうのは、この島独特の雰囲気がそうさせたのかもしれないけれど、あながち間違ってはいない気がする。この後も複数の島を見て回ったが、一番こじんまりとしたこの島の雰囲気が、僕には一番肌に合ったと思う。

 

 

直島へ

1日で犬島と直島を見て回る計画もしていたが、犬島で鶏と猫と戯れていたらあっという間に日が暮れていたので、直島は後日改めて訪ねることにした。もしこれを読んでいる方でこれから瀬戸内海の島巡りを計画している人がいたら覚えておいてほしいが、時間に余裕があるのであればひとつの島を巡るのに1日をかけた方が良いと思う。半日だとかなり駆け足での旅程になるし、それだと島生活で流れるゆったりとした時間の流れを十二分に堪能出来ない気もするので。ビールを片手に海辺をぶらぶらと散策するくらいの時間はあっても良いかもしれない。当然天候が恵まれない日の可能性も考慮する必要があり、僕が直島を訪れた日は『この時期にこんな悪天候なのは久々だよ』とお店の人が言うくらいの暴風雨だった。旅行にはアクシデントがつきものだし、悪天候でも楽しみ方くらい幾らでもある。それだけが唯一の救いだ。

 

 

直島は良くも悪くも島全体がよく管理されたアートスポットだった。有名な芸術家が手掛けた名所がそこかしこに点在している点も、芸術分野に明るい人なら魅力的に映ることだと思う。ただ僕にはあまりしっくりとこなかった。この旅行からしばらく経った今となっては、直島でのことを殆ど思い出せないくらい印象が薄い。理由ははっきりしていて、僕の趣味とは趣向が違ったからだ。犬島で見た自然や生活にアートが溶け込んだ様子がとても印象的で、それとは真逆のベクトルで点在する(侵食するといった方が正しいかもしれない)直島のパワフルなアートスポットの数々が僕には暴力的に見えてしまった。アート好きには申し訳ないけれど、僕は直島よりも犬島の方が好みだった。

 

 

豊島へ

直島詣が想像と違ったことに落胆したことを、直島のカフェの店主さんに溢してしまうという暴挙を当時の僕は敢行してしまった。今思い返しても失礼にも程があるけれど、その時の僕は暴風雨に晒されて水浸しで、暴風雨だからか島内の飲食店は軒並み臨時休業で、おまけに海は大時化でフェリーが出るか分からないような状況下で、兎にも角にもとても弱っていた。弱っていたら何をしても良いというわけでは勿論ないけれど、とにかく僕は期待と違う結末に心がポッキリと折れてしまっていた。そんな僕に『豊島に行け』とおすすめしてくれたのが前述したカフェの店主さんだった。昨晩から何も食べていなかった僕は、店主さんのランチ用のおにぎりを分けてもらい、もそもそと食べながらその話に耳を傾けていた。旅程的に余裕がないと言った僕に対して『旅程を延ばしなよ』と言い切られたのを今でも覚えている。『きっと好きだからさ、豊島美術館』とニコニコしながら言われてしまったものだから、瀕死の僕にはそれが神からの啓示のように見えてしまい、言われるがままに旅程を延ばして翌日豊島に行くことにした。見ず知らずの他人に自分のお昼ご飯を分けてくれる人間が言うことを信じないなんて、その時の僕は考えもしなかった。この時にこのお店に出会えていなかったらきっと豊島には行かなかっただろうし、そう考えると巡り合わせは本当にあるのだとはっきりと認識した体験だった。結果的に豊島には行って本当に良かったし、人生で一番印象に残る美術館に行くことが出来た。

 

 

豊島は香川県小豆群に属する巨大な島で、面積的には直島よりも大きい。直島は人口も多くアートスポットが密集しているが、豊島はその逆で巨大な島内にアートスポットが点在している。人口は700人ほどで、人よりも牛によく遭遇する。豊島はそんな島だ。島でレンタカーやレンタサイクルを借りることは可能だが、場所によっては車や自転車で進入できないところもある。あとは写真を見ると分かるように坂が多く、急勾配を登り切る体力が必須となるので、少なくとも電動のレンタサイクルを借りることをお勧めしたい。でも上り坂が多いということは下り坂も多いということにもなるので、斜面を自転車で下る時間はとても気持ちが良いことも併せてお伝えしたい。僕はレンタサイクルで島を一周して、登山もしつつスポットを制覇していった。1日あればおそらく主要な場所は見て回れるはずだ。平均以下の体力の僕でイケたから恐らく大丈夫だと思う。

 

 

自転車をスイスイと気持ちよく漕いでいた時に目の前に異様な光景が飛び込んできて思わず足を止めた。勝者はいない―マルチ・バスケットボールというアート作品らしく、思い思いのルールでバスケットが楽しめるらしい。このアート作品を作ったイオベットさんとボンズさんの写真を見て、何となく作品のコンセプトからピースフルな価値観を感じながら何度かフリースローをしてみた。左手は添えるだけ。全く入らない。

 

 

豊島の目的地その1。心臓音のアーカイブという世界中の心臓音を記録保存し、心臓音に合わせて電球が明滅を繰り返すという展示を体験できる場所。見ず知らずの人の心臓音を聴くことができて面白い。自分の心臓音を遺すこともできるので、せっかくなので僕も録音してきた。薄暗い小道を歩いてこの場所には向かうのだけれど、この小道を歩くことも含めてのアート作品だと思える。木々の葉が揺れる音を聞いて、心臓音を聴いた後は、目の前の海の波の音に癒される。全てを一通り終えると軽やかな気分になるのは、きっとここを訪れた人が誰しも感じることだと思う。写真の砂浜は人もいないのでぼーっとするのにはうってつけの場所なのでお勧めしたい。

 

 

水が豊かな豊島ならではの光景だからか、島内を散策していると至る所で水源を目にする。そして棚田を含めて様々な場所で耕作がなされているのも、今まで訪れた島との大きな違いだった。この水が豊かな島だからこそ、これから行く豊島美術館が作られたのだと後に気付くことになる。

 

 

豊島の目的地その2。豊島美術館。雫型のデザインがなされた美術館は水が豊かな島だからこそ。遠くからでもはっきりと分かるくらい巨大な建築物なのに、展示内容はまさかの一つのみ。出来ればここには前情報無しで訪れてほしいので細かくは書かないが、確かに館内の展示は一つしかない。そしてきっと想像していた展示とは異なることにまず驚くと思う。それならばすぐに見て回れるのかというとそんなこともない。参考までにお伝えすると僕は3時間弱滞在した。一緒に館内にいた人の中には、微動だにせずにずっと一点を見つめている人もいたし、静かに泣いている人もいて、中には持参した寝袋で寝ている人までいた。ここに行ったことがない方がこれを読むと『何を言っているんだこいつ』と思うかもしれないが、行ったことがある方なら分かってもらえる筈だ。写真撮影や動画撮影さえしなければ何をしても止められない。僕はとりあえず仰向けに寝そべって天井を眺めてみたけれど、これはなかなかにクセになる体験だと思う。次は枕を持参しよう。後に教えてもらったが、豊島美術館は雫型のデザインであると同時に、母親の体内をイメージして館内を作り上げたという。ここを訪れた後だとその意味がより一層よく分かる。

豊島美術館は今まで行った中で一番印象に残った美術館で、恐らくこの先もちょっとやそっとではこの考えは揺るがない気がする。僕にとってはそれくらい強烈な体験だった。美術に明るい方でもそうでない人でも、恐らく人間として生まれた人なら、ここを訪れれば何かしら感じるものはある筈だ。ここを訪れるためだけに瀬戸内旅行をする価値はあるし、少なくとも僕は強くそう思っている。

 

 

移動手段は船しかないし、東京みたいに数分おきに電車がやってくるような場所ではないけれど、瀬戸内の旅はそんなことがどうでも良くなるくらい魅力的な時間を与えてくれる。瀬戸内海の穏やかな波の中ゆっくりと進むフェリーの甲板から景色を眺める日々を一週間ほど続けて、改めてその魅力と懐の深さに癒されたことを思い知る。瀬戸内海は良いぞ。