『海岸と空』
ここ数年、特に去年から自分の仕事環境が変わったこともあって、今までは持ち歩いていなかったあれやこれやを持ち歩く必要が出てきた。自分のコントロール下で出来る仕事が増えたことは僕にとっては確実に暁光だったが、同時に会社員時代よりも爆増したバッグの中身に最近までかなり悩まされていた。重い荷物を持ち歩くのは体力と魂が擦り減る。今回は最近愛用しているバッグの話だ。
会社員時代との一番の違いはパソコンを持ち歩くようになったことだ。パソコンは基本的にはいつでも持ち歩くようにしているのだが、これが結構な重量で、体力が成人男性の平均以下の僕にとってはかなりの苦行になっている。写真の現像やレタッチ、動画の編集、文章作成が主な仕様用途だ。急にアイデアが降ってくることがあるので、職場以外でも作業が出来るように常に携帯するよう心掛けている。パソコンの重量とそれを持ち歩く苦行とを天秤に掛けた時、僅かばかり持ち歩くことの方にメリットがあったため、この重量級呪物を常に持ち歩く選択を取った。タブレットやスマホでも良いと言われることもこれまで何度となくあったが、少なくとも僕はそうは思えない。画像や動画の編集作業を同時並行で行うことも多く、その際のタブレットやスマホの発熱具合があまりにも『これあかんやつや』なやつだったため、それ以降は重めの作業はパソコン一択と決めている。
そしてパソコンだけでなくカメラも持ち歩いている。突然写真や動画の撮影が必要になるケースが思っていたよりも遥かに多いことが分かったからだ。カメラの重さなんてたかが知れていると思われるかもしれないが、フルサイズカメラのずっしりとした重量は想像以上にヘビーで、これがあるだけでもバッグの重量はかなり増して、控えめに言って泣きたくなる。でも仕方がない。仕事で必要なんだから。
この他に財布やらポーチの他に、水筒やお弁当も持ち歩くし、撮影環境によっては替えのカメラやレンズ・バッテリー・三脚まで持ち歩くものだから、僕のバッグの重量はなかなかのものになってしまう。それは人の心を折るのには必要十分な重量だが、泣き言を言ったところでバッグの重さは1グラムだって軽くはならない。生活環境が変わったのであれば、その環境に適したバッグを選べば良いだけだ。特に体力が平均以下の僕にとっては、尚のこと重い荷物を出来るだけ負担なく持ち運べるバッグは必要不可欠となってくる。
バッグ選定の際に何よりも気を付けていることが本体の重量だ。バッグ自体が重いとそこにあれやこれやと荷物を詰め込むともっと重くなる。当たり前のことなのだが、この当たり前を疎かにしたが為に、僕は過去に何度も痛い目にあってきた。だからこそバッグ自体は出来るだけ軽いものを選ぶ。そこでパソコンやカメラ等を収納できるサイズ感で軽いバッグを探すと、必然的に本革のバッグ(見た目は好きだが重すぎる)は選択肢から除外され、テックマテリアルで作られたバッグの中から候補を絞っていくことになる。アウトドアブランドのバッグは機能面という点では申し分ないが、アウトドアを嗜まない僕にとってはデザインがどうしてもしっくりこない。アウトドアディテールを全面に出したアイテムを街中でこれ見よがしに持ち歩くことに抵抗を感じるし、都内で生きている限り遭難する可能性はほぼないので、派手な色やデザインも不要だ。こうなってくると老舗のアウトドアブランドのバッグは購入候補から外れ、ガレージブランドや日本未入荷のブランドを海外サイトで漁るような日々が続いた。そんな日々を半年ほど継続していたタイミングでふと一つのブランドが候補に上がった。côte&cielだ。


côte&cielは前述したようなガレージブランドやニッチなブランドでは決してないし、このブランドの名前をご存知の方も少なくはない筈だ。côte&cielが日本に上陸したのは2008年。母体はPapar Rainというフランスの服飾メーカーで、ファッションがお好きな方だとDamir Domaが同じメーカーに属していると言えばイメージしやすいかもしれない。Damir Domaは僕も好きだし、勿論côte&cielの存在自体も知っていたのだが、敢えてこのブランドのバッグを買おうとは当初思っていなかった。
同世代の方なら何となくでもイメージしてもらえると思うが、日本では過去にcôte&cielが一度流行ったタイミングがあった。誤解を恐れずに言うのであれば『嫌な流行り方』をしていたように僕は感じている。アイコニックなリュックを背負った人間が街中を闊歩するのを当時は嫌というほど見てきたし、トレンドでなくなった瞬間に手のひらを返したように皆がこのリュックを背負わなくなったことに僕自身は強い嫌悪感を覚えた。côte&cielが推進している環境保全への取り組みやデザイン的に革新的なアプローチは見向きもされず、流行りが終わったからというふわふわとした軽薄な理由で使われなくなってしまうプロダクトや、トレンドに容易く流されてしまう購買層が使うブランドといったイメージが負の感情として記憶に残り、このブランドのバッグを積極的に選ぼうという気持ちにならなかったのが率直な感想だ。
個人的な感情論を吐露し続けていて本当に申し訳ないのだが、僕はビジネススタイルにリュックを合わせるスタイリングが苦手だ。以前から繰り返しているが、ファッションなんて自己満足だし、自分のお金で買うのだから好きなように着れば良いと思う。なのでこれは僕個人の意見であって当たり前だが人類の総意ではないので、そう目くじらを立てないで読んでもらえれば幸いだ。スーツの着丈や袖丈はミリ単位で気にするのに、何ででこの人はリュックを背負って肩傾斜を崩すことに頓着しないのだろうと思ったことが多々あるし、せっかくのジャケットやシャツの背面のシルエットがリュックを背負うことで活かせていないことにとてもモヤモヤする。スーツの美しさは背面にあると僕は先人から教わってきたので、リュックを下ろした際にぐしゃぐしゃになった背中部分の生地や、ストラップ跡がくっきりとついて潰れた肩のシルエットを見ると、何とも言えない気持ちになってしまう。ジャケットやコート、シャツが歩く度にふわふわと風に揺れる姿はとても魅力的だが、リュックを背負っていたのでは不可能だ。リュックというアウトドア要素が強いアイテムは、対極にあるビジネスのスタイリングとは相容れないと経験的に感じている。ファッションにおける外しの感覚は理解しているが、上記したようにビジネススタイリングの視覚的な美しさがリュック一つで損なわれるように感じてしまうので、これは外しではなく改悪だと思えてしまってならない。そして10年ほど前にcôte&cielのリュックをビジネスマンがスーツ姿に背負っている姿を嫌というほど見ていたことによる拒絶反応も、このブランドのバッグを選択肢に入れなかった理由にもなっていた。côte&cielを愛用している今となっては本当に馬鹿げたフィルターで見ていたと反省している。


côte&cielはフランス語で『海岸と空』を意味する。テック要素の強い素材選びをしながらも、世間一般のアウトドアブランドと一線を画するのはそのデザインプロセスだと思う。マテリアル自体は化繊素材ながら、それに反してデザインはとても有機的だ。これはcôte&cielのプロダクト全般に言えることだが、折りたたむ・ねじる・縫う・詰めるといった複合的なプロセスを経てデザインが構成されるので、あたかも地層の連なりや積乱雲の表層を見ているかのような気分にさせる造形に仕上がってくる。人工物で自然をイメージさせるプロダクトを作り上げるこのプロセスがとても面白く、僕はその点にとても惹かれている。



先にも述べた通り、僕はアウトドアブランドらしい出自のバッグがあまり好きではないので、アウトドアフィールドで活躍するであろう『沢山のポケット』に興味はない。アウトドアフィールドであれば効果的であろう無数のポケットも、都会で使うには却って不便に感じることも多いし、デザイン的な面で見てもコテコテに取り付けられたポケットはスタイリングの邪魔に感じてしまう。その点ではcôte&cielのバッグは隠しポケットのようなポケットの配置がなされており、しかもそれがどれも気の利いた大きさなものだから、『そうそうこの位置にポケットがあると便利なんだよ』と、使う度にいつも感心させられる。一見するとポケットに見えないのも良い。ブランド特有のデザインを邪魔することもなく、それがより一層『化繊素材で有機的なデザインを作る』というブランドの強さを際立たせているように思える。


25AWが『STRATUS(航空機が飛ぶ高度に現れる層雲』という、同じフランスの小説家・飛行士のサン=テグジュペリに敬意を表したコレクションテーマということもあり、『星の王子様』や『夜間飛行』に代表される著書のように、生涯を海と空の間で生きたテグシュペリを彷彿とさせるアイテムが並ぶ。
僕が新しくお迎えしたHyco-Sという画像のバッグはブランドの定番品ながら、今回のコレクションテーマに則って細かい部分でアップデートが施されている。フライトジャケットをイメージして改良されたHyco-Sはボディカラーと内面のレスキューオレンジのカラーだけでなく、ジャケットの前立てを彷彿とさせるコンセプチュアルなディテールが流用されている。軍用量産品の良くも悪くも安っぽい素材感とは異なり、深みのある細やかなテクスチャも魅力だ。手に触れる感触もとても気持ちが良い。肌当たりが良いバッグを使うと幸福度が増すという当たり前のことを、このバッグを使って僕は久しぶりに思い出した。


荷物が少ない時は斜めがけしてクロスボディバックとして使用し、荷物が多い場合はワンショルダーのバックとして使っている。人体工学を元にデザインされているので斜めがけをした際は重量を感じづらいし、ストラップが柔らかいのでワンショルダーでの使用時も肩に食い込みにくいのが嬉しい。あとは化繊特有のデラデラとした素材感が無いため、写真のようにコットンやウール、カシミアといった天然素材を軸にしたスタイリングでも違和感なく溶け込んでくれるのも有り難い。



僕は先ほどから挙げているHyco-Sの他に、Hycoというモデルも同じく愛用している。HycoはHyco-Sよりも一回り大きいサイズ感になっており、荷物が多い日はこちらを使うことが多い。こちらも人間工学に基づいて作られている恩恵からか、重い荷物を持ち運んでも然程重量を感じることはない。2モデルに共通して言えることではあるが、とにかくバッグ自体が軽いので、この軽量さに何度も救われてきた。
改めてcôte&cielのことを追い始めてからまだ2シーズンではあるが、コンセプトや打ち出し方には共感出来る部分が多く、最近個人的にとても注目しているブランドの一つだ。僕が以前ヤキモキしたトレンド云々とは全く別の次元でこのブランドは戦っているし、これ見よがしに主張しないながらも明確な信念を、プロダクトを含めた世界観全体から感じ取ることが出来る。こういう地に足がついたことをしているように見えながら、実際にはかなりクレイジーなことをさらりとやってしまえるブランドが僕は大好きなので、これからも陰ながらcôte&cielのことを応援していきたいし、オススメのバックブランドを訊かれたら真っ先にcôte&cielと答えると思う。それくらい気に入っている。この記事を最後まで読んでくれた皆様にも強くお勧めしたい。
荷物は軽い方が良いに決まっている。でも不思議なことに年を重ねるごとにバッグの中の荷物は増えていく。別にバッグを人生に喩えたいわけではないのに、不思議とその比喩が頭をよぎる。バッグの重さに泣きたくなる日が増えてきた。ショルダーストラップは無慈悲にも肩にキツく食い込んでくる。バッグごと面倒なあれこれを投げ出して遠くに逃げ出してしまいたい気持ちもあるけれど、そんなに簡単に投げ出せないからこそ厄介で、それならば妥当な解決策としてバッグ選びを再考するのが現実的な落とし所だったりする。
バッグとしての機能性を重視しつつも、持ち前の偏屈な性格が災いしてデザインも妥協したくないが為に、バッグ選びの旅は本当に難航を極めた。そんな僕にはこのHycoの塩梅が本当にしっくりきているので、もし僕のような価値観や境遇の人がいるのであれば、是非一度試してみてほしいという気持ちでいっぱいだ。

1件のコメント
コメントはできません。