『人見知りだけど人懐っこい』
盛岡が好きだ。初めて盛岡を訪れた10年前からこの気持ちは変わらないし、行く度に新しい良さを見つけることが出来ているので、恐らく今後もずっと変わらず好きだと思う。全国ツアーのライブで盛岡をスキップされ続けても特段気にせず、The New York Times誌が『2023年に行くべき世界の街52カ所の2番目に盛岡市を選んだ時も、それに乗っかって商魂逞しく小銭稼ぎなどせずいつも通りの通常営業をし続けた。そんな人々が暮らす盛岡という街を、比喩でもなんでもなく僕は愛している。この自己アピールがあまり得意ではなく、ちょっとだけ人見知りだけど打ち解けると人懐っこく、忍耐強く寛容な人柄の人たちが形作る街が盛岡だ。




①川の街
盛岡は川の街だ。北上川、中津川、雫石川の3つの川が市内を流れ、川で区切られた区画ごとに特色のある街並みが広がっている。その中でも僕は特に中津川沿いの景色が好きで、穏やかの川の流れを見ながら遊歩道を歩いているだけで癒される感覚が確かにある。
これは盛岡に旅行する際に意識してほしいのだが、『特別な何か』を探しに盛岡に行っても恐らく何も得られるものは無いと思う。ここで僕が行っている『特別な何か』とは、旅行のガイドブックに載っているような、アミューズメントパークや観光スポット、見た目も味も豪華な写真映えする料理の数々のことを指す。そんなものは盛岡には無い。あるかもしれないが少なくとも僕は知らないし、『特別な何か』を求めているならお隣の県の仙台か、或いは少し足を伸ばして北海道に行った方が実りはあると思う。それでも僕は盛岡に行くことを選ぶ。僕が旅行に行く最大の理由が東京の人混みに疲れてしまったからであって、忙しなくあれこれをする生活から距離を置きたいが故に旅に出る。だからこそアミューズメントパークも観光スポットも要らないし、豪勢な食事にも特段興味はない。ただただ心からのんびりできる場所に行きたいだけなのであって、その点で盛岡の街は最適解の一つだと思っている。騙されたと思って中津川沿いを散歩してみてほしい。きっとふわっと気持ちが軽くなる感覚が得られると思うので。






中津川沿いは冬になると雪景色がとても綺麗だ。現地でこうやって写真を撮っている時は寒さでそれどころではないけれど、時折こうして写真を見返しては、雪で白く染まった中津川を見て癒されている。冬になると白鳥の飛来地となるので、想像の10倍くらいの数の白鳥を間近で拝むことが出来る場所でもある。



②山の街
前述した通り盛岡は川の街だが、この川沿いから見える岩手山の景色が僕はとても好きだ。盛岡に住む人たちも同じ気持ちのようで、橋の上から岩手山の姿を立ち止まって見る人の姿をよく目にする。岩手山は南部富士とも呼ばれていて、富士の名を冠することからもこの山が地元でどれだけ愛されているのかが分かると思う。
岩手山を見るのであれば、僕は開運橋の上から見るのをお勧めしたい。開運橋は市内に架かる橋の一つで、別名を二度泣き橋という。盛岡に赴任した人が『遠くまで飛ばされてしまった』と最初は嘆き、しかし実際に暮らしていくうちに盛岡に愛着がわき、この地を離れる際に離れがたくて涙することからそう呼ばれるらしい。その気持ちは僕でも分かる。盛岡は良い街だもの。きっと二度の涙を流す際に、誰もがこの綺麗な岩手山の姿を橋の上から目にしたのだと思う。



③珈琲の街
盛岡の街を散策していると、そこかしこから珈琲豆を焙煎する良い香りがしてくると思う。極々控えめに行って盛岡は珈琲の街だ。とても美味しい珈琲を飲める個人店が市内には沢山ある。市内の喫茶店の大部分を占めるのは深煎り珈琲。小さなお店でも当たり前のように店内で焙煎しているところが多く、盛岡の街には深煎り珈琲の文化が根付いているのがはっきりと分かる。盛岡の珈琲文化はとても素晴らしいので、今から好きなお店のことをとくとくと語っていこうと思う。
例えばこの羅針盤は東京の蔵前にある蕪木の分店で、元々同じ場所で営業していた六分儀という名の喫茶店を蕪木の店主が引き継いで営業しているお店だ。蕪木は有名店なのでご存じの方も多いと思うが、チョコレートとそれに合う深煎り珈琲を楽しめる名店だ。その蕪木と同じコンセプトで盛岡で営業しているのがこの羅針盤だ。盛岡に来た際は必ずここに来るようにしていて、本当に美味しい深煎り珈琲をいただける。誰かと話したくて行くお店ではなく、一人でゆっくりしたり、何も考えずに珈琲を味わいたい時に赴くようにしている。静かな店内に控えめなBGMと相まって、一息つきたい時にはうってつけのお店だと思っている。





盛岡に行くならクラムボンで珈琲を飲んでみてほしい。僕は盛岡の喫茶店でクラムボンが一番好きだ。とびきり美味しい深煎り珈琲が飲めるのは勿論なのだが、兎にも角にもこのお店は恐ろしく居心地が良い。一度行けば理由は分かるはずだけれど、一言で言えば店主のホスピタリティが群を抜いていて、そしてそれによって店内全体が優しい世界が展開されているのが特徴だ。僕自身もずっと接客業に携わっているし、ホスピタリティ云々については日頃から人並み以上に考えて生活しているはずだけれど、もはやそんなチンケなレベルでは到底語れない。例えるならこのお店に各国の代表を連れてくれば、世界から戦争は無くなるんじゃないかとすら思えるレベルのホスピタリティだ。その高いホスピタリティを的確に言い表す言葉を僕は知らず、文字に起こせないことが本当に歯がゆいのだけれど、『これがおもてなしです!!』といかにもなホスピタリティをアピールしてくる方向性ではなく(そういった類のホスピタリティは僕は苦手だ)、気がつけば店内で寛げてしまっているおもてなしを店主はしてくれる。常連さんも多いけれど一見さんも多い。そしてここで珈琲を楽しんだ一見さんは、その後常連さんになりそうな雰囲気を残して退店していく。そんな光景を僕は何度も見てきた。こんなに皆平等に寛げる空間を僕は他に知らないし、そして繰り返しになるが珈琲も頗る美味しい。深煎り珈琲に合う固めのプリンも絶品だ。定番プリンも良いし、季節限定のプリンも良い。いつも悩んでしまう。僕は訪れるとここで必ず豆を買って帰るのだけれど、焙煎した豆の良い香りがずっと袋から香っていて、その度にクラムボンの美味しい珈琲と店内の光景を思い出して幸せな気持ちになる。一人で珈琲を楽しむも良し、二人で珈琲を飲みながらおしゃべりに華を咲かせるのも良し。どんな時に行ってもリフレッシュさせてくれる名店だと思う。





盛岡にミナペルホネンが出店した。場所は羅針盤の近所で紺屋町にある。両店の関係性からもお店の立地的にもとてもしっくりくるロケーションだ。そのミナペルホネン内に新しく出来たのがminä perhonen koota jokiだ。koota joki(川に集う)という名前の通り、中津川沿いの景色を楽しみながら食事が出来る場所だ。盛岡の喫茶店は個人店が多いため、これだけ広い店内で珈琲を飲むことが出来るお店はあまり多くない。だからこそこういったお店が新しく盛岡に出来てくれたことがとても嬉しい。珈琲が美味しいだけでなく、スタッフの方もとてもにこやかで優しい。店内に置いてある選書も良く、広い店内は他の席とも程よく距離がある。つまりはとてものんびり出来る素晴らしい環境が整っている。僕らはこの日は珈琲とデザートを味わったけれど、テラス席では中津川を見ながらワインを楽しんでいるマダムの姿もあって素敵だった。思い思いのスタイルでリラックス出来る空間で、また一つ盛岡の好きなお店が増えた。

ずっと語っている通り盛岡は深煎り珈琲の文化が根差している。その深煎り珈琲文化の中で、浅煎りのスペシャリティ珈琲を提供しているのがNAGASAWA COFFEEだ。僕は浅煎りも深煎りもどちらも好きなので、だからこそ全国的にも有名なNAGASAWA COFFEEの珈琲を盛岡で飲めることがとても嬉しい。一つ前で紹介したkoota jokiと同じく、盛岡には珍しく広い店内で珈琲を楽しめる貴重なお店でもある。10年近くこちらのお店には行っているけれど、行く度に居心地がよくなっていることに毎回驚く。理由は単純でスタッフがみなニコニコしていて楽しそうに働いているからで、開放的な店内の雰囲気と相まってリラックス出来る空間を作ってくれている。市街地から少し離れた立地も良く気に入っている。

夜遅くに珈琲を飲みたくなった時、僕は漸進社にお邪魔する。早くに閉まってしまう喫茶店が多い盛岡にあって、23時まで営業してくれるこちらのお店の存在はとても有り難い。初めて訪れた時にはあまりにも寡黙な店主に驚いたけれど、何度か通うと寡黙ながら面白い人だということが何となく分かってきた。話も面白い。店主の実直な人柄の表れからなのか、なみなみと注がれた飲み物が最大の特徴だ。何度行ってもたっぷりの珈琲がサーブされるので、これは誤差ではなくこのお店らしさなんだと気付いてからは、このお店のことをより好ましく思えるようになった。お勧めはカフェオレ。お腹がタプタプになるくらいの量を味わえる。
ここのお店に限ったことではないが、盛岡の人は最初は少し距離を感じることが多いが、話すと優しくて人懐っこいと感じることが多々ある。面白い話をしてくれるし、こちらの話にも耳を傾けてくれる。忙しない環境だとなかなか味わえない体験をさせてくれるお店が多いのが盛岡の魅力だとも思う。



盛岡は妻の生まれ故郷ということもあって年末年始に帰省することもあるのだけれど、その際に困るのがやっているお店が殆どないこと。特に大晦日なんて絶望的だ。吹雪の中で凍えそうになりながら歩いている時に、茶廊車門 が営業してくれていることに救われたことが何度かある。蔵を改築した赤いカーペット敷の店内は王道のノスタルジックスタイル。年齢層はおそらく僕の2倍以上の方が多く、だからこそ静かな店内でゆっくり出来るのが嬉しい。


盛岡と言えば民藝の街という人も多いと思う。その所以が材木町にある光原社。光原社の名前は知らなくても、宮沢賢治の注文の多い料理店はご存じの方は多いと思う。この童話集を出版したのが光原社だ。民藝や賢治からも連想できるような世界観の店内で民藝を楽しめるだけでなく、併設の喫茶店可否館で美味しい珈琲を楽しむことが出来る。器も素敵なので民芸が好きな人は一度行ってみてほしい。欲しくなったら横にある本店で買って帰ることもできる。個人的にはここで購入できるくるみクッキーが絶品なので全力でお勧めしたい。珈琲と一緒にこのくるみクッキーを食べた時の満足感は、控えめに言って優勝だと思う。遅い時間に行くと売り切れていることもあるので注意してほしい。僕は何度かそれで涙したので。盛岡土産で一番嬉しいのはくるみクッキーで、次点は欧州ポテトだと信じて疑わない。


盛岡は珈琲だけじゃなく、ベアレンという美味しいビールもある。ビールを飲まない人には興味がないだろうが、好きな人はぜひ一度飲んでみてほしい。できるなら醸造所があるので工場見学もしてみてほしい。市内ではこのベアレンビールが飲める居酒屋や料理店も多いので、飲むチャンス自体はいくらでもあるはずだ。ちなみにビールで使うホップの生産量日本一は岩手県だからね。


繰り返しになるが盛岡には魅力的な個人店が沢山ある。ア⚪︎ーズもビー⚪︎スも無い盛岡だけれど、何故か国内でここでしか買うことが出来ない商品を取り揃えたセレクトショップがある。CIYという名前のお店だ。国内のみならず韓国や台湾のインディペンデントなブランドまで扱っていて、行くたびにその情報量の多さに脳がショート寸前になる。盛岡は決して服が売りやすい環境とは言えないと思う。その中にあって尖ったセレクトで店内を構成し、更にはオンラインショップを休止するというアクションまでしてしまうものだから驚きっぱなしだけれど、お店に足を運んでいるとその理由はとても納得の出来るものだった。


実店舗の可能性を信じ、オンラインでは表現できないワクワク感を売り場で体現しているのがCIYというお店だ。僕は行く度に若い頃ドキドキしながらセレクトショップに足を運んでいた時の記憶を思い出す。今みたいにSNSで情報が飛び交う前の時代で、だからこそ自分の手で情報を得て、実際にお店に足を運んで色々なことを学んだ。そのプロセスがとても面白く、実店舗に行ったことで得られたあの時のワクワク感が、今でもファッションが好きな気持ちの原動力になってくれている。東京にいると情報が多すぎて忘れがちになるけれど、お店で実際に物を見て・触って・着て味わえる熱量がファッションの最大の楽しみなんだということを、CIYは改めて思い出させてくれる。物を買う以上の体験をさせてくれるこのお店が僕も妻も大好きだ。だから行く度に毎回爆買いしてしまうんだけれど、ここで買った服は手放さずにずっと着続けている。店舗で接客してもらった思い出込みで着ているから、いつまで経っても服の魅力が色褪せないんだと思う。








盛岡は徒歩でも回れるコンパクトシティというのも好きなポイントだ。歩いて回れる範囲内に魅力的な個人店がぎゅぎゅっと濃縮されているのが嬉しい。東京みたいに人も多くなく、道も広く広々とした環境なので、リラックスしながら散策するにはうってつけだ。これだけ書いておきながら、盛岡の魅力はまだまだこんなものではないし全然書き尽くせていない。もし良ければ直接聞いてほしい。きっととくとくと語ることが出来ると思うから。
不器用で真面目な愛すべき人柄の人間が作った盛岡の街の雰囲気が、僕はとても好きだ。



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